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神戸家庭裁判所 昭和49年(家)1138号 審判

申立人 片山充子(仮名)

相手方 片山三郎(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、金五〇万円を支払うほか、昭和四九年一〇月以降夫婦が同居を回復し、もしくは婚姻を解消するに至るまで、毎月金一三万円宛を毎月二五日限り支払い、なお、昭和四九年一二月を初回とし、上記期間中毎年一二月と六月および三月には別に各金一〇万円宛をその月の末日限り支払え。

理由

申立人は「相手方は申立人に対し(一)金一四〇万円を支払うこと(二)昭和四九年七月より毎月二五日限り金一三万円宛を支払うこと(三)同年六月以降毎年受給する特別賞与(ボーナス)の基本給の二分の一を支払うこととの審判を求め、申立の理由として

一  申立人と相手方は昭和三二年一二月一八日婚姻届をし、夫婦の間に昭和三三年六月一六日長女道子、同三七年三月二一日長男明が生まれた。

二  婚姻当初より申立人は、相手方の度び重なる暴行のため、身体に危害を加えられてきたが、昭和四八年四月八日右顔面眉部打撲血腫により約三週間の加療を要する傷害を受け、相手方との同居生活を続けることができなくなり、同日以降申立人と子供たちは相手方と別居して現在に至つている。

三  別居時長女道子は私立○○女子中学三年、長男明は小学校六年に在学していたが、昭和四九年四月長女は同高校一年に、長男は公立中学一年にそれぞれ進学した。住居は相手方所有のマンションであるため家賃は不要であるが、申立人ら母子三名の生活費は一か月一五万ないし一六万円が必要であり、その他に長女道子の授業料として年間約一三万円を要する。申立人は自宅でミシン内職(デザインタオルの加工)やパートタイムのアルバイト等をしているが、申立人の健康が十分でないため(貧血)もあつて、一か月二万ないし三万円の収入に過ぎない。したがつて、毎月一三万円程度の不足を生じる。

四  相手方は、○○工業株式会社(樹脂加工)の製造部長兼工場長の地位にあり、別居当時の月給一七万円ぐらい、その後昇給して同年の平均月収二〇万円、昭和四九年四月以降は二二万円以上になつているほか月収の五か月分程度の賞与がある。そのうえ、会社への貸付金(もと相手方の父の債権であつたのを贈与されたもの)の利息が月額二万四千円、会社株式(相手方名義八〇万円、申立人名義二〇万円)があり、年一割の配当があるはずである。相手方の昭和四八年度の給与所得は三四八万五千八四三円である。

相手方居住家屋は父親の所有で家賃不要であり、同居中の母梅(六五歳)については下関在住の父一郎(七八歳)から送金があるので、扶養料の必要はない。

五  昭和四八年四月別居以来相手方から毎月六万円の送金があつたが、それだけでは不足するので、申立人の所持金九〇万円を使い果たし、昭和四八年秋頃から小野清子ほか知人三名から五万円ないし一〇万円宛を借入れなければならなくなり、現在合計五〇万円の負債を生じている。申立人の所持金九〇万円は別居の直前申立人が母の遺産として分配を受けたものであるため、相手方もこれを申立人固有の財産として大切に保持しておくように言い、別居になつてからも、いずれ返すから立替えておいてほしいと述べていたものである。申立人は、この金員を昭和四八年五月始頃タオルのテープ付けの内職村料購入に約二一万円、同年七月に広島、八月に東京へ子供たちと旅行した費用に約一七万円その他別居直後泊る家がなく車を運転しては友人宅を泊り歩いたりしたための謝礼その他の費用、歯や怪我の治療費、生活費に当てる等同年一〇月頃までに全部費消してしまつた。

六  申立人と相手方とが別居した昭和四八年四月以降同四九年九月までの間に相手方は申立人に対し合計一一二万七千円余(うち生活費昭和四九年四月まで毎月六万円宛合計七八万円、他は教育費)を支払つてくれたに過ぎない。そこでやむをえず、昭和四九年六月に長男、長女を相手方のもとに行かせ、相手方と同居させることにしたが、相手方や老齢の祖母の監護では育ち盛りの子供にとつて十分でなく、子供たちも居づらいために、長女道子は翌月から、長男明は九月から申立人方に帰来している。

七  上記の次第であるから、相手方は申立人に対し、昭和四九年七月以降申立人と長男、長女の生活に必要な費用一五万円ないし一六万円(うち教育費長女三万円長男二万円)から申立人の稼働能力二万円ないし三万円を控除した差額平均一三万円を毎月支払うほかそれまでに申立人が立替え支出した費用九〇万円と相手方から送金不足のため第三者から借りた負債五〇万円の合計額一四〇万円を支払うことを求める。また、このほかに長女道子の前記授業料や臨時の出費、娯楽費として昭和四九年六月以降毎年受給する賞与の二分の一を支払うよう求めると述べ、なお

八  申立人は、昭和四八年四月八日相手方から前記暴行を受けたため、相手方との婚姻生活に絶望し、離婚の決意のもとに、同年四月二三日神戸家庭裁判所に夫婦関係調整の調停(同年家イ第四二三号)を申立てたのであるが、相手方が申立人らの今後の生活のために月六万円しか支払わないというので、やむなく同年八月二七日調停を不調にして終結した。また両親の離婚によつて子供たちが受ける影響が大きい年齢であり、将来の進学、就職等について片親のいないひけ目を負うことなどを考慮した結果、申立人は相手方との離婚を断念し、昭和四八年九月一一日相手方から提起された離婚訴訟でも相手方の請求棄却を求める答弁をしていると附加陳述した。

相手方は期日に出頭せず、書面も提出しない。また、当裁判所が申立人の申立事実につき書面により質問しても回答しない。

(当裁判所の判断)

灘区長作成にかかる課税証明書(昭和四八年家イ第一二三〇号調停記録)によれば、相手方の昭和四八年度給与所得総額は三四八万五千八四三円、税金および社会保険料を控除した額は二八八万九千一七五円である。申立人の供述によると、これは毎月の給与とその約五か月分の賞与との合計額に相当するから毎月の平均給与額は約一七万円である。申立人はその後昇給して二〇万円になつたと述べるがその資料がない。ただし、昭和四九年四月以降は企業平均約三〇パーセントの賃上げが行われたことは顕著な事実であり、相手方の給与についても少くも同率の増額が行われたと推認できるから、昭和四九年三月までは一七万円、四月以降は少くも一九万円を下らない月給を受けているものと認める。また、毎年六月と一二月には賞与収入があり、その年額が月給五か月分に相当する程度のものであることは、申立人本人の供述と相手方の地位に照らして認めうる。

さらに申立人提出の資料(申立人と会社役員との面接状況の覚書、本件調停記録添付)の記載によると相手方はその他に毎月特別給与として三万円、会社への貸付金(当初三〇〇万円、昭和四九年八月現在二〇万円)に対する年一割の利息、所有株式(株数不明)の配当金若干の収入があることが認められる。

申立人と相手方は昭和四八年四月八日から別居し、申立人は長女道子、長男明と同居して監護(ただし、昭和四九年六月には両名、同七月、八月には長男のみ相手方と同居)している。労働科学研究所調査にかかる綜合消費単位指数により、相手方を一〇五、申立人を八〇、長女九〇、長男八五として相手方の毎月の給与、すなわち、昭和四九年三月まで一七万円、以後一九万円を按分すると、申立人ら三名は前者が約一一万円、後者が約一三万円になり、差額約六万円が相手方に留保され、最近の物価に徴し、これをもつて双方の生活必要額と認める。相手方にはその他にも前掲余収があるが、職業上の地位、別居生活を考慮し、相手方の処分に委せるのが相当である。

申立人提出の家計明細によると昭和四八年一二月から四九年三月までの四か月平均約一三万一千円、昭和四九年四月と五月の二か月平均約一五万九千円の額になつているが、相手方の収入を上記のように認定しなければならない以上、上記の額を越えるものは裁判上の必要性を認め難い。

そうすると、昭和四八年四月の別居時から昭和四九年九月までの申立人ら三名の所要生活費の合計額は一九四万円(長男・長女が相手方と同居した月は一人当り四万円として合計一六万円を控除)である。相手方はこれに対して昭和四八年四月以降昭和四九年四月に至る間毎月六万円宛の生活費のほか教育費等を合わせ一一二万七千円余を送金したことは申立人の自認するところである。さらに申立人提出の釈明書面によればその後五月から九月までの間に申立人は相手方およびその母から一二万八千円余を受取つている。したがつて相手方の送金額は合計一二五万五千円余になるが、上記所要額に対して六八万五千円不足していることになる。一方、申立人の供述とその提出にかかる釈明書面ならびに申立人名義銀行口座通帳、小野清子、中川洋子、北村大作、大野直樹作成の書類の記載によると、申立人はその間所持金九〇万円を使い果したほかに上記数名から合計五〇万円の負債を生じていることが認められる。

相手方が申立人に対して六万円宛しか送金しなかつたのは、もつぱら長男長女の監護費用を負担する趣旨に出たものと考えられるけれども、上記認定にかかる相手方の収入、別居の事情、子女の養育の重要性を考え合わせると申立人が後記のような収入をはかりうるとしてもなお相手方は、上記送金不足額六八万五千円のうち負債相当額五〇万円と今後は前記月額一三万円宛ならびに毎年一二月と六月の賞与月および三月の進学期には特別の費用に当てるため、別に相当額を負担するべく、その額は諸般の事情を考え各一〇万円宛を相当と認める。

申立人は、相手方と同居中は主婦として家事に従事し、他に職業を持たず、無収入であつた。別居以後タオルのテープ付けの内職を試みたが、申立人提出の釈明書面によると、昭和四八年五月から昭和四九年九月までの収入(売上)は三四万円弱であり、月額平均二万円に過ぎない。これから材料代を控除すると実収入はさらに少額になる。また、相手方からの送金がなくなつた昭和四九年七月から神戸市内のレストランに給仕として時間給三五〇円で働き、一か月平均三万円程度を得たりしていることが認められるけれども、これらは相手方からの生活費の支払いが足りないため、やむを得ない方途に出ているものであつて、このようなことは、相手方の職業上の地位や子女の監護のためを考えると好ましくないことである。また、今後の物価の上昇ならびに子の監護には往々不時の出費を伴うこと、申立人が所持金を使い果していること、相手方は上記程度の義務を負担してもなお収入に余裕があること等を合わせ考えると、申立人が上記程度のアルバイト収入を得ても、それは申立人に予備金として保持させておくのが相当であるから、現状での生活費の分担を定めるうえにおいては、とくにこれを算入しない。ただ、上記送金不足額六八万五、〇〇〇円のうち相手方の負担とした五〇万円との差額一八万五、〇〇〇円については、申立人自身も当時九〇万円の所持金があり、かつ、すでにこれから支弁しているのであるから、申立人の負担とするのを相当と認める。申立人は、この九〇万円は母の遺産分配金であり、相手方も返還を約していたとして相手方に支払いを求めているけれども、内職材料購入費二一万円はその後の収入により一応回収されているほか費消した金員の全部が必要生活費とは認め難いだけでなく、相手方との間にそのような約束があつたとしても、同約旨に基く履行は本件とは別に夫婦間で協議すべきことであり、当面はその必要性に乏しい。したがつて、この点に関する申立人の主張は採用できない。なお、申立人は賞与の額につき昭和四九年六月分以降毎賞与時その半額を要求しているが、上記認定にかかる一切の事情を綜合考慮すれば過大であるから同様認容できない。

上記の次第であるから、相手方は申立人に対し、申立人および長男・長女の生活費、教育費を婚姻から生じる費用として、昭和四九年一〇月以降夫婦が同居を回復し、もしくは婚姻を解消するに至るまで一か月一三万円宛を毎月二五日限り支払い、なお、昭和四九年一二月を初回とし、毎年一二月と六月の賞与月および三月の進学期に特別の費用として各一〇万円宛をその月の末日限り支払う義務があることになる。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 坂東治)

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